2019/12/10

キューブパズルに着想を得たフォールディング論文(by 郷信広博士)

今回はごく最近出版された論文紹介をしたい。内容は、本ブログで何度も登場しているキューブパズルに着想を得た本格的な蛋白質フォールディングの論考で、著者は郷信広 京大名誉教授の単著である。

Snake cube puzzle and protein folding
Nobuhiro Go
Biophysics and Physicobiology, Vol. 16, pp. 256–263 (2019)
doi: 10.2142/biophysico.16.0_256 (無料でpdfダウンロード)


日本語版(2021年3月追記)
Snake Cube Puzzleとタンパク質フォールディング
郷 信広
生物物理 61, 005-011 (2021)
https://doi.org/10.2142/biophys.61.005(無料でpdfダウンロード)

日本の生物物理のパイオニアのお一人で蛋白質フォールディングのシミュレーションの世界的な先達である郷先生の論文はどんな内容なのか。論文を紹介する前にいくつか背景を書いておこう。(パズルのことと郷先生の功績をよく知っている方は飛ばして下へ)

スネークキューブパズル
【背景1:キューブパズル】
キューブパズルは27個のパーツを折りたたんでコンパクトな3×3×3の立方体に戻すパズルである。パズルをばらすとヘビみたいなのでスネークパズルとかコブラパズルとか呼ばれることもある。蛋白質に見立てると、ヘビの状態でくねくねといろんなカタチを取り得るところが蛋白質の変性状態に似ている。このヘビを折りたたんで3×3×3のキューブにした構造が蛋白質でいう天然構造である。

最後にキューブになるのはどれも同じだが、経路はいろんなバリエーションが売っている。私のコレクションは10種類ほどあるが(注1)、そのいくつかの「変性」状態と「天然」構造を写真にて紹介する。

#ブログでの紹介例
経路の違うフォールディングパズル(2010年12月)
新規フォールディング経路のキューブパズル(2018年9月)


 【背景2:蛋白質フォールディングの整合性原理とGo(郷)モデル】
Wikipedia(folding funnel)より
蛋白質の立体構造形成、すなわちフォールディング(折りたたみ)の基本は、アミノ酸配列さえ決まれば蛋白質の立体構造は一義に決まる、というものである(Anfinsenのドグマと呼ばれる)。別の言い方をすると、蛋白質フォールディング反応は自発的、熱力学的に言えば、ギブズの自由エネルギー(ΔG)が負ということである。これを概念的に図示する場合、よく使われるのが右に示すようなフォールディングのエネルギー地形で、フォールディングをファネル(漏斗)に例える。この「漏斗」の上方はさまざまな変性状態が集まっていてエントロピーが大きい状態で、下へ落ちるにしたがって少しずつΔGが小さくなっていく(図の上ほどエネルギー大)。最終的にΔGが最小になったところ(漏斗の一番下のとんがった部分)でフォールディングは完了して天然構造となる。
  このファネル理論は米国の研究者たちが1990年代に使い出したものだが、その源流に郷先生が1983年に提唱した「整合性原理(consistency principle)」があり、Go(郷)モデルと呼ばれることもある。整合性原理は「タンパク質は天然構造において2次構造と3次構造すべての相互作用が整合して全体を安定化している」という考え方である(この原理の解説を多数著している京大理学研究科の高田彰二さんの表現:注2)。要は、漏斗のどこでも下へ向かって落ちていって最終的に一番下の天然構造に向かっていくということとも言える。

【論文の内容紹介】
 前置きが長くなったが、今回紹介する郷先生の論文は日本生物物理学会が刊行している「Biophysics and Physicobiology」誌の郷先生80歳記念の特集に郷先生自らが寄稿したフォールディングに関する論考である。
 ざっくりと言えば、このパズルでの27個のパーツをどのような「配列」にしたときに、3×3×3の立方体にフォールディング可能か、また、そこから出発して、このパズルに「疎水性相互作用」を導入するなどして、蛋白質らしさの本質とは何かを考察している。

 「配列」と言っても20種類のアミノ酸が並ぶ配列ではない。その説明のために図解を付けてみる。


 先にも見せたキューブパズルは同じ配列ではない。黄色(A)、青色(その下の濃淡の茶色も同じ配列:B)、薄い茶色(C)の三種類は並び方が違うのがわかるだろうか。
 例として、黄色(A)で説明する。27個のパーツの末端2つを e (end)、内部の25個は折れ曲がる部分をb(bend)もしくは3つ直線に並ぶ真ん中をs(straight)と定義する。この場合、黄色パズル(A)の「配列」は

esbsbbbbsbbbbbbbbsbbbsbbbse 


となる(注3)。

こう考えると、eは置き場所が決まっていて、内部の25個で b s の2通りがあり得るので、配列の場合の数はトータルで2の25乗(3300万種類ほど)となる。
 この総数の中で3×3×3のキューブ型に折りたたむことが可能な「配列」を全て計算で求めたところ、22,897種であった。つまり、あり得る配列空間の中のたった約0.07%(=22,897/2の25乗)のみが折りたたみできる、ということである。
 この中には(3×3×3のキューブ型にはなるものの)複数の折りたたみ構造をもつ配列も多数あるが、7,268種の配列はその折りたたみ構造が特異的(ユニーク)であった。写真の3種類はいずれもユニークな配列だった。(私の感想としては、このキューブパズルで商品化されている「構造」はごくごくわずかであると言えよう)。

 実はこの辺りの論考は既に世界のパズルマニアが似たような計算をしているということだ(例えば Jaap's Puzzle Pages)。そこで、郷先生はパズルをより蛋白質らしくしていく。このスネークパズルは幾何学的に3×3×3を実現するという点でファンデルワールス(van der waals: VdW)力をベースにしているとも言えるが、それとは別に疎水相互作用(hydrophobic interaction)を導入したHPパズル、さらにHPパズルとファンデルワールスを組み合わせた複合(compound)パズルを考案して、これらのパズルの蛋白質らしさについて議論している。実際の蛋白質は20種類のアミノ酸が数百、数千並んで複雑な立体構造になるが、ここで示したように単純なモデルにすることで、蛋白質とは何かという本質を抽出した論文であると言えよう。途中、郷先生自らによる整合性原理の解説も含まれている。
 興味をもった方は論文pdfをダウンロード(無料)してぜひ読んでほしい。

 さて、ここからは余談である。この論文はつい最近、今年秋に公開されたが、実は2年ほど前に郷先生がこのような論考をしていることを知った。私は2002~2006年までJSTさきがけ研究者に採択いただいたが、その際の研究総括が郷先生であった(「生体分子の形と機能」領域)。その領域の同窓会が2年前に開催され(注4)、それぞれの近況を短い時間で話す機会があり、そこで郷先生自らが発表したのがこの論文の原型となる内容だった。フォールディング理論のパイオニアの郷先生自らがキューブパズルに着想を得て話しはじめたのだから聴き始めた私が驚いて鳥肌が立ったのは言うまでもない。しかも、キューブパズルは東寺のがらくた市で見つけて入手したということでなお嬉しくなった(注5)。
 その同窓会での私の発表でもイントロでキューブパズルを使っていたこともあり、郷先生に、私のブログでさまざまな経路のパズルを紹介しています、と伝えていた。その際にお教えした3種類の経路のパズル(上記のパズルA~C)が、今回の論文の中でユニークな配列の例として実際に使われている。つまり、私自身もこの論文に少し影響を与えたというのは実に光栄なことである。

以上、このように複雑な事象を単純化して本質を抽出し、さらにそこから複雑な事象に洞察を与える、という研究を自らも進めてみたい。

2019/11/02

「相分離生物学」(白木賢太郎著)の書評(現代化学誌)

 この数年の細胞生物学の最大のホットトピックスは「液-液相分離」である。

 細胞内でタンパク質はいつも均一に溶けて分散しているわけではなく、状況に応じて相分離して、周囲から独立に存在する液滴(ドロプレット)になりうる。
 と書いてもピンと来ないかもしれないが、日常生活で言えば、ドレッシングで酢(水)と油が分離している状態は相分離している状態である。
 サイエンス誌の2018年の「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」の一つのトピックスでもある(→和文解説)。液-液相分離は英語でLiquid-Liquid Phase Separationなので頭文字を取ってLLPSと呼ばれることも増えている。 
  
 この液滴は熱力学的に安定な状態へと相分離してできているだけなので界面に膜はない。このため、細胞内での液滴は「膜のないオルガネラ(Membrane-Less Organelle)」と呼ばれることもある。つまり、脂質膜を持たずに細胞内で隔離された部屋(コンパートメント)を作ることができるのである。液滴はタンパク質だけでできるとは限らず、RNAや他の生体成分を含むことが多い。

 これまで細胞内のタンパク質は溶けているか、アミロイドも含む凝集か、というのが主な存在状態だったと言えるが、そこに液-液相分離でできた液滴もある、ということがわかってきたのだ。この数年、この現象、あの現象、さまざまな生命現象に液-液相分離が適用されることがわかってきた。ということで、細胞内でのタンパク質を研究している人たちにとって相分離現象は今後無視できない状況になっている。

さて、国内で液-液相分離の伝道師として大活躍しているのが筑波大の白木賢太郎さんである。最近、「相分離生物学」を出版して好調な売れ行きだそうだ。
前置きが長くなったが、その書評を「現代化学」2019年11月号に書き、東京化学同人ウェブサイトに全文がpdfで公開されているので紹介したい。

「相分離生物学」(著:白木賢太郎)の紹介ページ
→ 書評「相分離メガネをかけてタンパク質を見直そう」(田口英樹)への直リンク(pdf)



ちなみに私たちのラボでも野島達也博士(中国・東南大学)との共同研究で一つ液-液相分離の研究を今年一つ出している(→ Nojima T et al Biomacromolecules 2019

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これを書きながら思いだした。
今年の「現代化学」にタンパク質の折りたたみやシャペロンなどに関する入門記事「拡がるタンパク質の世界」を執筆したのだった(→現代化学2019年7月号)。生命科学を専門としていない読者向けに丁寧に書いたつもりだ。こちらは記事の内容をウェブでは読めないので、読みたい方はバックナンバーを購入いただければ幸いである。


2019/10/24

「実験医学」誌の特集を企画:「再定義されるタンパク質の常識」

すっかりご無沙汰しているこのブログだが、最近の活動を宣伝したい。

実験医学誌の特集の企画を担当させてもらった。(実験医学2019年11月号)

題して「再定義されるタンパク質の常識


目次は以下の通りである。
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再定義されるタンパク質の常識〜古典的なセントラルドグマの刷新と未開拓のタンパク質の世界
企画/田口英樹
概論―従来のタンパク質の常識を超えて拡がる未開拓のタンパク質世界【田口英樹】
翻訳途上で機能する新生ポリペプチド鎖【千葉志信,田口英樹】
リボソームプロファイリングによる網羅的翻訳解析の最前線【木村悠介,岩崎信太郎】
質量分析による未開拓プロテオームの探索【松本雅記】
神経変性疾患にかかわるリピート関連非ATG依存性翻訳と低複雑性ドメイン【上山盛夫,永井義隆】
天然変性タンパク質:既知のこと,未知のこと【太田元規,福地佐斗志】
液-液相分離による酵素連続反応【浦 朋人,白木賢太郎】
合理デザインによる新規タンパク質の創出:現状とその可能性【小杉貴洋,古賀理恵,古賀信康】
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私が読者だったら読みたいトピックスに関して研究を展開している方々に原稿を依頼して書いていただいた。タンパク質の新しい常識について幅広く知っていただける内容になったと自負している。

研究室で購読していれば既にお手元に届いている頃だが、まだの方は、私が冒頭に書いた概論はオンラインで無料で読める。

概論―従来のタンパク質の常識を超えて拡がる未開拓のタンパク質世界【田口英樹】

私が考えるタンパク質研究の歴史についての総説(特にタンパク質フォールディングを起点とした内容)にもなっているので、興味ある方はぜひご覧ください。

同誌には、10年近く年に二回、注目論文の解説コラムを執筆してきており、ときおり編集者の方々と意見交換をしてきた。その中で、最近私が考えているタンパク質の見方について披露したら面白がってくれて特集になった、という経緯である。

表紙には、マイコレクションのキューブパズルを使っていただいた。
主にパズルが崩れた状態(タンパク質の変性状態)や絡まった状態(タンパク質凝集体)の写真なので、全部完成した状態(フォールディングした構造)を付けた写真を撮ってみた。



おまけで、キューブパズルでの7量体構造。



2019/01/06

シャペロニン7量体的なギフト

前回の続きを書くといいつつ、そのままになっていた。

その間にもブログのネタが持ち込まれたので紹介したい。シャペロニンタンパク質に関するサイエンスの内容も少し含むはずである。

先月、お茶の水女子大附属高校でのウインターレクチャーというのを担当することになり、「タンパク質は "かたち"がいのち」と題した講義を高1、2生向けにした。そのあと、お茶大の佐藤敦子さんがホストで大学学部生や院生などにセミナーし、さらにラボでの忘年会にもお誘いいただいた。

楽しい時間を過ごし、そろそろ帰ろうかというときにプレゼントがあるという。佐藤さんいわく、「田口さんのためと思って探してきたモノです」と。

開けてみると、中にはニンニクが一個入っていた・・・。
おや、と思って、よく見ると、ピンときた。で、房を数える。

1、2,・・・・7!

つまり、房が7つのニンニクということで、私が長年研究している7量体リングからなるGroELもどきだったのだ(注1)。



うれしくなって感謝を述べ、その場でかじるわけにもいかないので、家に持ち帰り、料理に使わせてもらった。

さて、この7量体ニンニクを見ながら、ちょっといびつだよなぁって思ったところで、思いだした私たちの以前の研究がある。

それは、好熱菌のシャペロニン複合体の構造を決めたら、大腸菌のGroELと違って、7回対称が崩れてていびつだったのだ(Shimamura T. et al, Structure 12, 1471-1480, 2004 当時まだイギリスにいた岩田想さん、島村さんらとの共同研究)。なぜ対称でなくひずみが出たかというと、それはこのシャペロニン複合体には基質タンパク質が空洞内に詰まっているからだという結論である(注2)。

Shimamura T et al. Structure 2004より抜粋。左が好熱菌GroEL/ES複合体のGroEL部分。対称性が崩れていて、二種類の構造(I型とII型)の混合となっている。右側は大腸菌のGroELで7回対称のリングである。

最初に論文を投稿した際、レフェリーにこのいびつな構造が信じてもらえず、苦労したのだが、その後、電顕での構造でも同様の7回対称の崩れが確認された(Kanno R et al, Structure 17, 287-293, 2009 光岡薫さんらとの共同研究)。

Kanno R. et al, Structure 2009より抜粋

さらには、他のグループも最終的には非対称なGroELリングを認めて論文に載せている(例えば、Chen D-H et al Cell 2013)。

Sakikawa et al JBC 1999より
GroELは空洞内に基質タンパク質を閉じ込めた際、閉じ込めたタンパク質によってはけっこう窮屈だということは以前の研究から予想されていたが(例えば、私たちの Sakikawa C et al J Biol Chem 1999
など)、実際GroELのカゴ構造にまで影響を及ぼしているということを意味する。

ということで、ニンニクを眺めながらGroELに思いを巡らさせてくれた佐藤さんに改めて感謝したい。


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注1:通常のニンニクの房の数がいくつくらいなのかよく知らないが、6~10房くらいだろうか。

注2:ついでに言えば、その論文では、空洞内に閉じ込められた好熱菌シャペロニンの基質タンパク質20数種類の同定も質量分析で行った。