2014/10/13

ラボに導入された3Dプリンターでシャペロニン模型

 1年ほど前の本ブログにて、3Dプリンターで作成したシャペロニンの模型を貸してもらった旨を掲載した。→「シャペロニンの模型が手元に!
 そこで紹介したタンパク質模型は川上勝さん(現・山形大学・工・ライフ3Dプリンタ創生センター)が作り方を考案した非常に凝ったもので気軽に作れるモノではない。

 その川上さんが、最近出回ってきた廉価版の3Dプリンターでもタンパク質模型作れますよ、とおっしゃっていた。学内のある会議の雑談?で、「東工大・生命理工でも3Dプリンターを導入していろいろ活用しはじめてはいかがでしょうか?」と意見したところ、研究科で購入してくれることになった。川上さんにどの機種がよいのかなどアドバイスをいただいて、購入し、さしあたりうちのラボに置いてある。本体(UP! Plus2)は10万円台の機種だ。

 「いろいろ活用してはいかがでしょうか?」とは言ったものの、ノウハウなどない中で「何」を「どう」作るのかが問題である。そんな中、川上タンパク質モデルを実際に作っている3D印刷業者さん(スタジオミダス)がラボに来る機会がたまたまあり、その際に、導入したのと同じプリンターで作ったシャペロニン模型と、それを印刷する際の元ファイルをいただいた。このファイルでまずはシャペロニンを「印刷」してみた。

 以下がうちのラボにある3Dプリンターで「印刷」したシャペロニンGroEL(白)とGroES(黄色)である。


 大きさは直径が7~8cmくらいだろうか。以前紹介した川上モデルのGroEL/ES模型より一回り以上小さい。
 以下はGroELとGroESの複合体。右側はスタジオミダスさんよりいただいた模型である。樹脂がちがうようで同じプリンターで作ったとは言え、質感が若干ちがっている。


 当初は、PDB(Protein Data Bankもしくは日本PDB)から入手できるタンパク質の3次元座標情報をどのように3Dプリンター用のフォーマットに変換するのかわからなかった。しかし、ラボの学生がいろいろ調べて試行錯誤してくれたおかげで、今ではPDBファイルを3Dプリンター用に変換して、シャペロニン以外のタンパク質でも印刷できるようになった(注1)。

以下は「印刷」途上のようす。


 できると「おぉー」となるが、いろいろと問題点もある。

(1)まず、3Dプリンターでの模型は「印刷」後にすぐに完成しているわけではない。複雑な形状のモノを作る際には不安定な部分を支えるための余分な「バリ(サポート材)」も大量に印刷される。実際、上の写真で印刷されている外形のほとんどはサポート材だ。なので、実際には印刷完了後にけっこうな時間をかけて黙々とバリ取りをするという面倒がある。

(2)印刷自体もかなり時間がかかる。数時間から一晩かけてかたちができあがっていく。

(3)つくるタンパク質にも向き不向きがありそうだ。シャペロニンは空洞がある特徴的な形状なのでこのプリンターで作っても非常にわかりやすいが、分子量数万の球状タンパク質だと印刷してもあまり印象的ではないかもしれない。

(4)単色である。樹脂を変えると色違いのはできるが(上のGroESは黄色い樹脂を使用)、一つのタンパク質内でマルチカラーにはできない。(プラモデルの塗装が趣味ならばいい素材になるかもしれない)

 ということで、問題点や制限はあるのだが、自分のところでGroELとGroESの簡易模型ができたのは素直にうれしい。今後さまざまなタンパク質をプリントアウトして楽しむと同時に、PR活動、さらには実際の研究にも活用できないか模索していきたい(注2)。

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注1:この模型の作製にはラボの星君、和泉君を筆頭とした何人かが時間をかけて試行錯誤してくれました。どうもありがとう。

注2:本プリンターは研究科の予算で購入いただいたので、東工大・生命理工の方で興味のある方はお気軽にご相談ください。



2014/10/05

シャペロニン的な樽型パズル

 海外出張に行くとネタが増える。9月に大学の用務でスウェーデンに行った際に仕入れたパズルを紹介したい。

 シャペロニン(GroEL)のかたちを表現する言い方にはいろいろある。リング、 かご、ドーナッツ、そして樽(バレル)などであろうか。

4年前にHartlとHorwichがラスカー賞を受賞した理由も

 For discoveries concerning the cell's protein-folding machinery, exemplified by cage-like structures that convert newly made proteins into their biologically active forms.
ということで、cageすなわち「かご」が使われている(注1)。

今回の出張で立ち寄ったノーベル博物館のミュージアムショップで見つけた(注2)のが樽型パズル(注3)。


 バクテリアやミトコンドリアのシャペロニン(GroELやHsp60)は、このパズルのように真ん中が膨らんでないが、古細菌や真核細胞の細胞質にあるシャペロニン(CCT)はまさしく樽型である。


ただ、内部が空洞になっていない。これだとシャペロニン的ではないなぁ・・・。



ということで、このおもちゃについて「書きます」という約束を果たした。え、まだあるじゃない、という声もあるかもしれない。少しお待ちください。

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注1:以前のブログで「この二人に加えてもう一人入ってほしかった。Lorimerだ」と書いたが、この受賞理由を深読みするとLorimerが入ってない理由が透かし見えることに気付いた。"exemplified by cage-like structures"という部分である。Lorimerの研究はGroELがフォールディングを助けることを明確に示した最初ではあるが、まだ「かご」の内部でフォールディングを助けることまで気付いていなかった。その後、Horwich(と亡くなったSiglerの共同研究)が「かご」状の立体構造を明らかにし、Horwich、Hartlらの研究でかご内部がフォールディングに使われることがわかった(いろいろ異論はあるだろうが)。ということで、「かご」状の部分に重きを置くとLorimerは入らない。

注2:この博物館には一人で観にいったが、中には今回のスウェーデン出張に同行した東工大の方数名が先におり、ぼくがブログでパズルを紹介しているのを知っていて、「こっちに田口さんが好きそうなのがいろいろありますよ」と教えてくれた。
 ついでに言えば、この博物館でノーベル賞メダルチョコを購入し、研究室メンバーにお土産として配った。

注3:樽型のタンパク質でノーベル賞が出る予兆・・・・な訳はないだろう。


2014/10/04

「新生鎖の生物学」がスタート

 ブログでは紹介していなかったが、この数ヶ月で研究環境に大きな変化が生じた。
田口が代表として申請していた科研費新学術領域研究にめでたく採択されたのだ。

「新生鎖の生物学」

(いつもは大きなフォントは使わないが、例外的に強調したいので大きくしてみた)

新学術とはなんぞや、ということで知らない方も読んでおられるかもしれない。補足しておくと、新学術領域研究とは科研費の種目の一つで新しい学術領域を推進するためにチームを組んで研究を行う。以前は特定領域というのがあり、本ブログで数年前までたびたび「タンパク質の社会」のニュースレターやらウェブやらの記事があったが、その後継が新学術領域研究だ。

今年度から30年度までの5年間の新学術領域研究の一つとして「新生鎖の生物学」を推進できることになった(注1)。

そもそも「新生鎖」って何だ、ということで、まずは申請書に記した概要を以下に示す。
 ごく最近、リボソームで合成されつつある新生ポリペプチド鎖(新生鎖)を主役として、フォールディング、シャペロンといったタンパク質研究とRNA研究の接点から、新たなバイオロジーが生まれつつある。新生鎖は何事もなく進む合成の通過点ではない、ことを示す知見が急増している。新生鎖は、リボソームに自ら働きかけることで自身の翻訳速度を制御しつつ、シャペロン群と相互作用しながら正しいフォールディングに向かう。タンパク質の品質管理は新生鎖の段階からすでに始まっている。そればかりか、異常mRNAの品質管理も新生鎖を介して行われるらしい。さらに、新生鎖自身が成熟タンパク質とは異なる新規の機能を有する例もわかってきた。そこで、以上の開拓的な研究を遂行してきた研究者を中心に“新生鎖”を主役とする新たな研究領域を設定し、技術開発も含めながら、新生鎖が関わるさまざまな生命現象の包括的な解明をめざす。
概要図があるとわかりやすいであろう。


 つまり、新生鎖とは新生ポリペプチド鎖である。リボソームの中でtRNAが結合したままなので、ポリペプチジルtRNAとも言える。

事務局は稲田利文さん(東北大学)に置き、既にウェブサイトもオープンしている(→こちら)。

http://www.pharm.tohoku.ac.jp/nascentbiology/


  図は空をリボソームを模した飛行船がぷかぷかと浮いていて、そこから「新生鎖」が伸びていき、最後は飛行機雲となる。よく見ると飛行機雲はタンパク質のかたちっぽくなっている。つまりフォールディング完了しているということだ。カラフルなアミノ酸が連なった変性状態の新生鎖のそばには白い雲らしき何かがそばにいるが、これはシャペロンのつもりである。

ということで、今後は「新生鎖の生物学」にまつわるトピックスも紹介していくことにする。

思い起こせば本ブログでも新生鎖にまつわる話題は既にときどき扱っている。
もっともそれっぽいのは以下の写真を紹介した2008年の「The Waltz of the Polypeptides」である。


アメリカのCold Spring Harbor研究所でのミーティングの際に撮った写真である。
このモニュメントでは新生鎖は既にフォールディングしているが、 実際にいつもそうなのかどうかを調べるのが本領域でのミッションの一つである。


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注1:通常もっと長い領域名称が正式にあり、略称を付けるのが常である。が、本領域は正式名称が「新生鎖の生物学」だ。この7文字は最短記録ではないか、と調べたら(新学術一覧)、5文字と6文字のが一つずつ存在した。ついでに言えば、5文字の領域(原子層科学)は略称でさらに短く3文字(原子層)にしている。本領域も略称は「新生鎖」にすればよかったか。)



2014/10/03

科学未来館のノーベル賞予想は・・・

 もう今年も10月である。気付けば前回の更新から4ヵ月も経ってしまった。この間に「ブログ更新しますから」と約束した人は何人になるかわからない・・・。

さて、10月上旬と言えば、ノーベル賞発表のシーズンである。つい数週間前にスウェーデン出張に行ったのだが、その余韻の中、唐突に日本科学未来館の科学コミュニケーターの方からメールが届いた。

「画像提供と引用へのご承諾について」

?と思ってメールを読む。

画像はぼくが行ったシャペロニンがあると固まらないゆで卵実験の写真(右写真。元のブログ記事注1こちら)。

引用は3年前の本ブログ記事「ラスカー賞にシャペロニンGroEL研究者」であった。

 どういうことかと言うと、未来館ではこの季節に今年のノーベル賞予想をしているということで各方面に話しを聞いたところ、遠藤斗志也さん(今年度から京都産業大学)が化学賞にシャペロニンが来るのでは、とうことでHartlとHorwichの名前を挙げたらしい。

この二人は3年前にシャペロニンの作用機構でラスカー賞を共同受賞しており、その際に本ブログで紹介していた(→こちら)。
ラスカー賞はご存じのように「ノーベル賞の登竜門」であり、Hartl、Horwichはいつ受賞してもおかしくはない。(ちなみに、今年のラスカー賞受賞者は京大の森和俊さんとPeter Walter。遅まきながら、森さん、おめでとうございます。Walterについては「タンパク質の社会」ニュースレターのVol.7にインタビュー記事の掲載している。)

話しを戻すと、未来館のブログにてシャペロンの解説を行うということで、「ゆで卵」写真をシャペロンの役割を示す写真として使ってくれた。

日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ
→「研究者に聞く!ノーベル賞は誰の手に?①化学賞に分子シャペロン?

未来館のブログでシャペロンを解説してくれてうれしい限りだ。
シャペロンの作用機構の手描きイラスト、おにぎりを作るようすでタンパク質のフォールディングになぞらえたり、わかりやすく解説されているのでぜひ読んでみてほしい。
 
話しはもう少し続く。

実は、未来館ブログが予想したのはHartl、Horwichに加えてもう一人。それはGeorge Lorimer。
3年前の本ブログのラスカー賞記事に「ただ、本当はもう一人入ってほしかった。George Lorimerだ。」という部分があったのをきちんと読んでくれていたのだ。

さて、どうなることやら・・・。

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注1:そもそもこのブログを初めて書いたのが「ゆで卵実験の思い出」という投稿であった。2006年なので、かれこれ8年続けていることになる。